
肖像: AI生成による想像肖像
バシレイオス2世
皇帝 · 君主 · 軍事指導者
- 生没年
- 958–1025
- 出身地
- ギリシャ
- 出生時の国・政体
- 東ローマ帝国
- 時代
- 中世
- 分野
- 政治
- 肩書
- 皇帝 · 君主 · 軍事指導者
東ローマ帝国の皇帝で、長期統治によって帝国の軍事力と財政を立て直した人物。ブルガリアを征服し、十一世紀初頭のビザンツ帝国を強盛に導いた。中世地中海世界を理解する重要人物である。
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肖像: AI生成による想像肖像
皇帝 · 君主 · 軍事指導者
東ローマ帝国の皇帝で、長期統治によって帝国の軍事力と財政を立て直した人物。ブルガリアを征服し、十一世紀初頭のビザンツ帝国を強盛に導いた。中世地中海世界を理解する重要人物である。
カタログで見るコンスタンティノープル
出生
ブルガリア
戦役
ブルガリア征服
986–1018
戦争 · 指揮
地図: Natural Earth (PD)
マケドニア朝の皇族としてコンスタンティノープルに生まれ、幼くして共同皇帝となった。即位後しばらくは有力貴族や軍司令官の影響を受け、権力を固めるまで長い時間を要した。
貴族勢力を抑え、税制と軍事力を維持しながらブルガリアとの戦争を進めた。1018年にブルガリアを服属させ、バルカン方面で東ローマ帝国の支配を大きく回復した。
バシレイオス2世は後世に「ブルガリア人殺し」と呼ばれた。これは軍事的成功を称える一方で、戦争の苛烈さと帝国支配の暴力性も示す呼称である。
バシレイオス2世を学ぶと、東ローマ帝国が単に古代ローマの残存勢力ではなく、中世にも高度な行政と軍事を持つ強国だったことが分かる。彼の死後に帝国が徐々に弱体化するため、繁栄と後退の境目を考える基準にもなる。