アメリカ南北戦争
1861–1865
1861〜1865年、奴隷制とその西部拡大を中心争点として、合衆国と脱退した南部連合が戦った内戦である。主要南軍の降伏までを範囲とする。

- 年代
- 1861–1865
- 種類
- 戦争
- 地域
- 北アメリカ
- キーワード
- 奴隷制 · 北軍 · 南軍 · 奴隷解放 · 再建期
出来事をたどる · 4つの局面
背景
奴隷制の領土拡大をめぐる政治妥協が崩れ、リンカン当選後に南部諸州が脱退した。奴隷労働に依存する社会秩序と連邦の存続をめぐる対立が武力衝突へ進んだ。
- 西部領土へ奴隷制を広げるかどうかをめぐり、自由州と奴隷州の対立が繰り返し表面化した。
- 1850年妥協などの政治的決着は分裂を先送りしたが、奴隷制の扱いを解決できなかった。
- リンカンの大統領選勝利後、南部11州が合衆国を脱退し、アメリカ連合国を結成した。

経過
サムター要塞から総力戦へ拡大し、北軍は南部を分断した。タブマンは斥候・看護・襲撃指導に携わり、ダグラスは奴隷解放と黒人兵募集を訴え大統領とも交渉した。
- 1861年に始まった戦いは、軍隊、鉄道、工業力、民間資源を総動員する大規模な戦争へ発展した。
- 奴隷解放宣言によって自由が北軍の戦争目的となり、多くの黒人男性が北軍へ加わった。
- 1863年のゲティスバーグとビックスバーグでの北軍勝利が戦況を変えたが、激しい戦役はさらに2年間続いた。

結果
北軍が勝ち、戦時の奴隷解放宣言に続き憲法修正13条が奴隷制を廃止した。市民権再編の復興期が始まったが、土地、暴力、人種平等の課題は解決しなかった。
- 1865年春に南軍が相次いで降伏し、合衆国は連邦の権威の下で維持された。
- 同年、合衆国憲法修正第13条が批准され、全米で奴隷制が廃止された。
- 戦争は膨大な死者を出し、とりわけ南部に広範な破壊を残した。

歴史的意義
戦争は連邦の存続と法的奴隷制廃止を確定し、連邦政府と市民権の関係を変えた。しかし復興の挫折と白人至上主義の再編は、解放と平等の隔たりを後世に残した。
- 再建期には、南部の政府をつくり直し、奴隷制後の自由、市民権、参政権を定める試みが進められた。
- ハリエット・タブマンは看護師や斥候として北軍を助け、フレデリック・ダグラスは奴隷解放と黒人兵募集を訴えた。
- 奴隷制廃止は憲法秩序を変えたが、人種平等は争われ続け、未完の課題となった。

関連人物
関連する出来事
1850年
1850年妥協

連邦議会は一連の法案を成立させ、分裂を先送りする一方で奴隷制をめぐる対立を深めた。
1860年〜1861年
脱退危機

リンカン当選後、奴隷州11州が合衆国を離脱し、アメリカ連合国を組織した。
1861年〜1865年
アメリカ南北戦争
現在の出来事

北軍と南軍が大陸規模で戦い、国家の存続と奴隷解放が結びついていった。
1865年
合衆国憲法修正第13条批准

犯罪への処罰を除き、奴隷制と本人の意思によらない苦役を廃止した。
1867年
再建法

連邦議会は旧南部連合諸州に、新政府の設置と合衆国復帰の条件を課した。


