アクスム王国の台頭
100頃–600頃
紀元1世紀から6世紀ごろ、北エチオピア高原のアクスムは内陸の農業・金・象牙と紅海港アドゥリスを結び、アフリカ、南アラビア、地中海・インド洋世界をつなぐ王国の中心へ成長した。

- 年代
- 100頃–600頃
- 種類
- 政治事件
- 地域
- アフリカ, 中東
- キーワード
- アクスム王国 · 紅海交易 · アドゥリス · エザナ王 · ゲエズ語 · キリスト教
出来事をたどる · 4つの局面
背景
肥沃なティグライ高原では紀元前4〜3世紀から集落が発達し、南アラビアとの交流を取り込みながら地域固有の社会が形成された。海岸から約150キロ内陸のアクスムは農業生産地と紅海港アドゥリスを結ぶ位置にあった。
- 肥沃なティグライ高原では、紀元前4〜3世紀から定住集落が成長した。
- 南アラビアとの交流を取り込みつつ、アクスム周辺では地域固有の社会と王権が形づくられた。
- 内陸の王都は農業生産地と紅海港アドゥリスを結ぶ位置にあった。

経過
1世紀の『エリュトゥラー海案内記』はアドゥリスと内陸王権の交易を伝える。3世紀以降、王たちは金・銀・銅貨を発行し、巨大な石碑と王墓を築き、4世紀のエザナ王は領域を広げてキリスト教を受容した。
- 1世紀の『エリュトゥラー海案内記』は、アドゥリスと内陸王権を介した交易を記録する。
- 3世紀以降の王たちは金・銀・銅貨を発行し、巨大な石碑と王墓を築いた。
- 4世紀のエザナ王は領域を広げ、王権とキリスト教を結び付けた。

結果
5〜6世紀のアクスムは北エチオピアとエリトリアの高原、紅海沿岸、南アラビアの一部へ影響力を及ぼした。ギリシア語・サバ語・ゲエズ語の碑文と十字架を刻む貨幣は、広域交易と王権の変化を伝えている。
- 5〜6世紀のアクスムは北東アフリカと紅海をまたぐ有力国家となった。
- 王国は象牙や金を輸出し、地中海・インド洋世界から工芸品や嗜好品を受け入れた。
- 多言語碑文と十字架を刻む貨幣が、交易圏と王権の変化を今に伝える。

歴史的意義
アクスムはサハラ以南アフリカで早くから独自貨幣を発行し、キリスト教を王権と結び付けた国家の一つである。7世紀以降に紅海交易の条件が変わって政治的中心性は低下したが、ゲエズ文字、石造文化、正教会、戴冠地としての記憶は後世のエチオピアに受け継がれた。
- アクスムはサハラ以南アフリカで早くから独自貨幣を発行した国家の一つである。
- ゲエズ文字、石造文化、正教会の伝統は後世のエチオピア社会へ受け継がれた。
- 7世紀以降に政治的中心性が低下しても、アクスムは長く皇帝の戴冠地として記憶された。

関連する出来事
前300年頃
初期集落の形成

紀元前4〜3世紀、肥沃なティグライ高原で定住集落が発達し、後の王都を支える農業基盤が整った。
100年頃
紅海交易への接続

1世紀、アドゥリスを介する象牙・金などの交易が内陸王権を広域の海上交通へ結び付けた。
100年頃〜600年頃
王国の最盛期
現在の出来事

3〜6世紀、貨幣発行、巨大石碑、王墓、多言語碑文が王権の成長を示し、エザナ王期にはキリスト教が受容された。
600年頃
交易条件の変化

6〜7世紀、南アラビアへの軍事介入後、紅海をめぐる勢力と交易路の変化によって王国の対外的優位は弱まった。
700年頃
エチオピアへの遺産

政治的中心性の低下後も、ゲエズ文化、正教会、石碑群、戴冠地アクスムの記憶は長く継承された。
