ペロポネソス戦争
前431–前404
紀元前431年から前404年、アテナイ率いるデロス同盟とスパルタ率いるペロポネソス同盟が、ギリシア世界の主導権を争った。

- 年代
- 前431–前404
- 種類
- 戦争
- 地域
- ヨーロッパ
- キーワード
- アテナイ · スパルタ · ペロポネソス同盟 · シチリア遠征 · トゥキュディデス
出来事をたどる · 4つの局面
背景
ペルシア戦争後、アテナイの海上帝国化とスパルタの同盟網が並立した。コリントス、コルキュラ、ポテイダイアをめぐる対立が三十年の和平を揺さぶった。
- アテナイの海上同盟がエーゲ海に広がった
- スパルタ率いるペロポネソス同盟が対抗した
- 同盟関係と利害の衝突が緊張を高めた

経過
アテナイは長城と海軍に依存し、スパルタ軍はアッティカへ侵入した。疫病、ピュロス、ニキアスの和平、シチリア遠征、デケレイア占領を経て、ペルシア資金を得たスパルタ艦隊がアテナイを追い詰めた。
- 紀元前431年に戦争が始まった
- 疫病、シチリア遠征、海上戦が戦局を揺さぶった
- アテナイの資源と同盟網が次第に消耗した

結果
前404年、アテナイは降伏して長城と艦隊を失い、デロス同盟は解体された。スパルタの覇権が成立したが、戦争で消耗した諸ポリスの対立は終わらなかった。
- 紀元前404年にアテナイが降伏した
- スパルタが短期間ギリシア世界の主導権を握った
- 戦争はポリス間の人口・財政・政治を疲弊させた

歴史的意義
戦争は都市国家の同盟、帝国、民主政、寡頭政が結びつく危うさを示した。アテナイの敗北とスパルタの短命な覇権は、後のマケドニア台頭の環境を整えた。
- 海軍力と陸軍力の対立を考える枠組みを残した
- トゥキュディデスの叙述が国際政治の古典となった
- ポリス世界の均衡を長期に変えた

関連人物
関連する出来事
前478年頃
二つの同盟圏

デロス同盟とペロポネソス同盟が、エーゲ海とギリシア本土の勢力を二分した。
前433年頃
和平のほころび

コリントス周辺の対立とアテナイの圧力が、三十年和平を揺るがした。
前431年頃〜前404年頃
長期戦の時代
現在の出来事

疫病と遠征、海上封鎖が重なり、紀元前431年から404年まで戦争が続いた。
前404年
アテナイの降伏

海上帝国を支えた艦隊と資金を失い、アテナイはスパルタの条件を受け入れた。
前404年頃〜前371年頃
スパルタの覇権

勝者スパルタが各地に影響力を伸ばしたが、覇権は安定せず新たな競争を生んだ。


