日露戦争
1904–1905
1904年から1905年、日本とロシアが満洲と朝鮮をめぐる帝国的利害を衝突させた戦争である。

- 年代
- 1904–1905
- 種類
- 条約
- 地域
- 中央アジア
- キーワード
- 日露戦争 · 旅順 · 奉天 · 日本海海戦 · ポーツマス条約
出来事をたどる · 4つの局面
背景
日清戦争後の遼東半島をめぐる三国干渉、ロシアの満洲進出と鉄道建設、日本の朝鮮・満洲政策が緊張を高めた。
- 日清戦争後の遼東半島をめぐる三国干渉が日本とロシアの緊張を高めた
- ロシアの満洲進出と鉄道建設、日本の朝鮮・満洲政策が衝突した
- 交渉が行き詰まり、港と鉄道を結ぶ帝国的競争が戦争へ転じた

経過
日本軍は旅順を攻囲し、奉天で大規模な陸戦を行った。日本海海戦では日本の連合艦隊がロシアのバルチック艦隊を破った。
- 日本軍は旅順を攻囲し、満洲の鉄道沿線で大規模な陸戦を行った
- 奉天会戦は補給線と大兵力を動員する近代戦の性格を示した
- 日本海海戦で連合艦隊がロシアのバルチック艦隊を破った

結果
1905年9月のポーツマス条約で戦争は終わり、日本の朝鮮における優越と南樺太などの権益が認められたが、賠償金は得られなかった。
- 1905年9月のポーツマス条約で戦争が終結した
- 日本の朝鮮における優越と南樺太などの権益が認められた
- 賠償金は得られず、日本国内では講和条件への不満が広がった

歴史的意義
東アジアの勢力関係とロシア国内政治を揺さぶり、近代化した日本が欧州帝国に軍事的勝利を収めた事例として世界的な衝撃を与えた。
- 東アジアの勢力関係とロシア国内政治が揺さぶられた
- 近代化した日本が欧州帝国に軍事的勝利を収めたことが世界に衝撃を与えた
- 勝利は帝国的競争を終わらせず、20世紀の東アジア秩序に影響を残した

関連する出来事
1895年頃〜1904年頃
満洲と朝鮮をめぐる競争

日清戦争後、ロシアの満洲進出と日本の地域政策が重なり、鉄道と港を軸に緊張が高まった。
1904年
旅順攻囲と開戦

1904年、日本軍は旅順港を攻囲し、海軍と陸軍を結ぶ長期の作戦を展開した。
1905年
奉天の陸戦

1905年初頭、鉄道と補給車列を背後に日本軍とロシア軍が満洲平原で大規模に衝突した。
1905年
日本海海戦

1905年5月、対馬海峡で日本の連合艦隊がロシアのバルチック艦隊を破り、講和への圧力を強めた。
1905年
ポーツマス条約
現在の出来事

1905年9月、セオドア・ルーズベルトの仲介で講和が成立し、東アジアの勢力関係が組み替えられた。
