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第二次ペルシア戦争

前480–前479

紀元前480年から479年、アケメネス朝のクセルクセス1世が率いる軍がギリシア本土へ侵攻し、複数のポリス連合と戦った戦争である。

サラミス海峡を挟んで向き合うギリシアとペルシアの軍船、遠景に沿岸の丘陵
再現注記: 教育用に作成した再現イラストであり、当時の記録画像ではありません。
年代
前480–前479
種類
戦争
地域
ヨーロッパ, 中東
キーワード
ペルシア戦争 · ポリス · 海軍 · 帝国 · 史料批判

出来事をたどる · 4つの局面

  1. 背景

    イオニア反乱とマラトンでの敗北後も、アケメネス朝はエーゲ海方面の支配と威信の回復を目指した。クセルクセス1世は大軍と艦隊を整え、ヘレスポントスを渡って南下した。

    • イオニア反乱がペルシアとギリシアの緊張を高めた
    • アケメネス朝が海陸の大規模な遠征を準備した
    • 独立したポリスが共同防衛の枠組みを模索した
    ヘレスポントスを渡る艦隊と、沿岸で遠征を見守る人々
  2. 経過

    ペルシア軍はテルモピュライを突破し、退避後のアテナイを占領した。しかしギリシア側艦隊がサラミス海戦で勝利し、翌年のプラタイア陸戦とミュカレの戦いでもペルシア側が敗れた。

    • クセルクセス1世の軍がヘレスポントスを越えて南下した
    • テルモピュライ突破後にアテナイが占領された
    • ギリシア連合艦隊がサラミスの海域を狭めた
    狭い海域で櫂を並べて進む古代ギリシアとペルシアの軍船
  3. 結果

    侵攻軍はギリシア本土から撤退し、アケメネス朝による本土征服は実現しなかった。ただし両勢力の争いがすべて終わったわけではなく、エーゲ海東部では戦闘と外交が続いた。

    • ペルシア軍はギリシア本土の征服を果たせず撤退した
    • プラタイアとミュカレでもギリシア側が勝利した
    • エーゲ海東部では戦闘と外交が続いた
    戦場を離れて城壁都市へ戻る兵士と住民、背後に煙の上がる平野
  4. 歴史的意義

    勝利によってアテナイの海軍力と影響力が高まり、のちのデロス同盟形成につながった。ただし詳しい叙述は主にギリシア側史料に依存するため、兵力数や指導者の動機は勝者側の語りを踏まえて慎重に吟味する必要がある。

    • アテナイの海軍力と政治的影響力が高まった
    • デロス同盟形成への前提が生まれた
    • 勝者側の史料を批判的に読む必要が示される
    港で船材を整える市民と、後世へ伝わる巻物を読む記録者

関連人物

関連する出来事

  1. 前499年

    イオニア反乱

    小アジア沿岸の港で旗を掲げて集まるギリシア都市の人々

    小アジアのギリシア都市がアケメネス朝に反旗を翻し、アテナイなどの介入が後の対立を深めた。

  2. 前490年

    マラトンの戦い

    海岸の平原を横切って進む重装歩兵の列

    紀元前490年、アテナイ軍がダレイオス1世の遠征軍を退け、次の大規模遠征の背景となった。

  3. 前480年頃〜前479年頃

    第二次ペルシア戦争

    現在の出来事

    山道と海岸を同時に進む古代の軍勢

    紀元前480〜479年、クセルクセス1世の侵攻とギリシア側の反撃が展開した中心期間である。

  4. 前480年

    サラミスの海戦

    岩の島々の間で向きを変える櫂船

    狭い海域でギリシア連合艦隊がペルシア艦隊を破り、侵攻の流れを変えた。

  5. 前479年

    プラタイアの戦い

    平原で盾を構えて向かい合う二つの歩兵隊

    紀元前479年、ギリシア側が残存するペルシア陸軍を破り、本土侵攻を終わらせた。

参照資料