南アフリカ戦争
1899–1902
1899年から1902年、イギリス帝国とトランスヴァール、オレンジ自由国が南部アフリカの支配をめぐって戦った。

- 年代
- 1899–1902
- 種類
- 戦争
- 地域
- アフリカ
- キーワード
- 帝国主義 · 鉱山資本 · ゲリラ戦 · 焦土作戦 · 南アフリカ連邦
出来事をたどる · 4つの局面
背景
金鉱発見後の帝国競争、外国人住民の参政権問題、ジェームソン侵入事件の失敗がイギリスとボーア共和国の対立を深めた。
- 1867年以降のダイヤモンド採掘と1886年のウィットウォーターズランド金鉱発見は、鉄道・資本・移民を内陸へ引き寄せ、地域の力関係を変えた。
- イギリスはケープ植民地とナタールをボーア人共和国と結ぶ帝国的統合を追求し、トランスヴァールは独立を守ろうとした。
- 鉱山経済は黒人労働者の移動と低賃金労働に支えられたが、戦争前後の政治交渉ではその権利と経験が周縁化された。

経過
ボーア軍の侵攻と包囲戦の後、イギリス軍が首都を占領した。戦争はゲリラ戦へ移り、焦土作戦、監視所網、収容所が用いられた。
- 1899年10月にトランスヴァールとオレンジ自由国が開戦し、初期の包囲戦とイギリス軍の敗北の後、増援を得たイギリス軍が1900年に両共和国の主要都市を占領した。
- ボーア人コマンド部隊がゲリラ戦を続けると、イギリス軍は鉄道沿いのブロックハウスと有刺鉄線、農場焼却、住民の強制収容によって補給網を断とうとした。
- 黒人アフリカ人とインド人も斥候、歩哨、運搬、建設、救護などに動員されたが、同じ戦争のなかで異なる待遇と危険を負った。

結果
1902年のフェリーニヒング講和で両共和国はイギリス主権を受け入れ、復興と限定的自治を経て1910年の連邦へ組み込まれた。
- 1902年5月31日のフェリーニヒング条約でボーア人共和国側はイギリス主権を受け入れ、トランスヴァールとオレンジ自由国は帝国に編入された。
- 戦争は兵士だけでなく、焼却された農場の住民や収容所に入れられたボーア人・黒人アフリカ人の女性、子ども、家族に甚大な死と損失をもたらした。
- 講和は白人入植者間の自治を優先し、黒人住民の参政権は将来判断へ先送りされたため、政治的包摂を実現する和平ではなかった。

歴史的意義
戦争は兵士と民間人に甚大な損失を与え、帝国的統合を進めたが、戦後秩序と連邦は非白人多数を政治から排除した。
- 戦後復興は鉄道と鉱山の再建を急ぎ、旧共和国の自治回復と英系・アフリカーナー系白人政治勢力の協調を進めた。
- 1910年の南アフリカ連邦は四植民地を統合したが、黒人、カラード、インド系住民を憲法制定と国政からほぼ排除し、白人支配を制度化した。
- この戦争の記憶は、軍事的勝敗だけでなく、帝国主義、鉱山資本、焦土作戦、収容所、黒人住民の参加と排除をあわせて検討する必要がある。

関連人物
関連する出来事
1867年〜1898年
鉱物革命と帝国競争

1867年以降のダイヤモンド採掘と1886年の金鉱発見が、鉱山資本、鉄道、移民労働を内陸へ集中させた。資源と交通路をめぐる競争は、イギリスの統合構想とボーア人共和国の独立をめぐる対立を鋭くした。
1895年〜1899年
ジェームソン侵入事件と参政権危機

1895年末から1896年初めの侵入事件は失敗し、イギリスとトランスヴァールの関係を悪化させた。金鉱地帯の外国人居住者の参政権をめぐる交渉も決裂し、1899年の最後通牒と開戦へ至った。
1899年〜1902年
南アフリカ戦争
現在の出来事

1899年から1902年、初期のボーア軍攻勢、イギリス軍の大規模反攻、長期のゲリラ戦が続いた。イギリス軍はブロックハウス網、焦土作戦、強制収容所を用い、軍人と民間人に大きな犠牲を出した。
1902年〜1909年
旧共和国のイギリス統治と復興

講和後、イギリス当局は鉄道・農場・鉱山を再建し、トランスヴァールとオレンジ川植民地に自治を段階的に戻した。復興は人種化された労働制度と黒人住民の政治的周縁化を残したまま進んだ。
1910年
南アフリカ連邦成立

1910年、ケープ、ナタール、トランスヴァール、オレンジ自由州の四植民地がイギリス帝国内の連邦となった。英系とアフリカーナー系白人の政治的統合は進んだが、黒人多数派などは国政から排除された。
参照資料
- Boer WarNational Army Museum戦争の起源、三段階の軍事経過、黒人・インド人の参加、焦土作戦、収容所、講和を確認する。
- The South African WarThe National Archivesイギリス軍の作戦、ゲリラ戦への対応、焦土作戦、収容所と本国世論を史料とともに確認する。
- Constructing the Union of South Africa; negotiations & contestations, 1902-10South African History Online戦後復興、連邦形成、黒人・カラード・インド系住民の政治的排除と白人支配の制度化を確認する。


