イタリア統一
1848–1871
1848年から1871年、諸邦に分かれていたイタリア半島で戦争、外交、住民投票、議会政治が重なり、統一国家が形成された過程である。

- 年代
- 1848–1871
- 種類
- 条約
- 地域
- ヨーロッパ
- キーワード
- イタリア統一 · リソルジメント · ガリバルディ · トリノ · 国民国家
出来事をたどる · 4つの局面
背景
外国勢力の影響と諸邦の分立に対し、マッツィーニらの民族運動、カヴールの外交、サルデーニャ王国の制度改革が異なる道筋を示した。
- 諸国家に分かれた半島
- 1848年の憲法・民族運動
- 都市市民と政治改革

経過
1859年の戦争、ガリバルディのシチリア・南イタリア遠征、住民投票を経て、ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世を国王とする王国が成立した。
- ピエモンテの外交と軍制
- ガリバルディのシチリア遠征
- 議会と王権による統合

結果
1861年3月17日にイタリア王国が宣言され、ヴェネツィアとローマの編入を経て1871年に統一の枠組みが完成した。地域差や教皇庁との対立は残った。
- 1861年のイタリア王国
- 統一行政の制度化
- ローマ併合による領域統合

歴史的意義
リソルジメントは民族国家形成の象徴となったが、統一は上からの制度化と地域社会の動員の組み合わせだった。南北格差、少数者、教会、国民統合の課題を後世へ残した。
- 国民国家形成の一例
- 市民運動と外交・軍事の結合
- 近代イタリアの政治的基盤

関連する出来事
1848年
1848年の革命

憲法と民族的統一を求める運動がイタリア各地で高まり、リソルジメントが新局面に入った。
1852年
ピエモンテの主導

サルデーニャ王国は外交、軍制、議会政治を通じて統一の中心的な役割を担った。
1860年
ガリバルディの南下

ガリバルディ率いる千人隊はシチリアから南イタリアへ進み、統一の勢力図を変えた。
1861年
イタリア王国の成立
現在の出来事

1861年、ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世を国王とするイタリア王国が成立した。
1870年
ローマの併合

ローマの併合によって統一国家の領域は大きくまとまり、1871年に首都が移された。
